2008年06月09日

格差社会について

格差社会

大体において「何を格差ととらえるか」「上層」と「下層」の格差という国民の意識の変化がある。
「格差」とくに経済的格差について

最近、各種のメディアで「格差社会」を政治問題として取り上げている。

典型的には、小泉構造改革の結果、格差が広がりつつあるので、このような「市場原理主義的」な政策は見直しが必要だ、というものである。

ここで、わが国社会での「格差」とくに経済的格差について、少し考えたい。

議論を単純化するために、便宜上「上層」と「下層」という区分を使うことにする。

「格差社会」を問題にする議論は、この「上層」と「下層」の格差が時間の経過とともに拡大しつつあることが問題である、としている。

果たして実際はどうだろう。

「下層」を押し下げる要因は、現実に存在する。

典型的には、中国の「貧困の輸出」である。

中国は、自国内の膨大な貧困層の労働力を使った、ローコスト製造能力を主たる競争力として、積極的に輸出攻勢をかけている。

さらに、低コストの労働力を提供することで、外国の資本参加を促し、日本を含む先進国の中国内での製造活動の比率は増加している。

この結果、中国の「貧困階層」がなし得る生産活動と競合するわが国の「下層」の処遇は、いっそう厳しくなるのは事実である。

これを防ぐ方法はあるだろうか。

中国との貿易を抑制する、中国への工場進出を抑制する、などが考えられるが、いずれも有効な対策ではないだろう。

経済のグローバル化は、いかに避けようとしても、確実に進展するだろう。

世界経済の発展の方向として、コストの平準化に向かう圧力は、やはり避け得ないだろう。

有効な対策は、わが国の経済構造を改革して、より付加価値の高い、高いコストに耐えうる新たな生産活動を創出することしかないだろう。

そして、一方では、どうしても落ちこぼれる人々に対する、セイフティネットを整備することである。

産業構造の変革は、中国などの低コスト圧力、貧困の輸出圧力の有無に関わらず、いずれ必要なことでもある。

経済活動が高度化すると、ニーズの多様化、高度化が進むので、必然的に知的生産と非知的生産との乖離が進み、相互の格差も拡大することは避けられない。

わが国の経済成長を持続させるためには、より知的な生産へのシフトを、なんとしても推進しなければならない。

このためには「上層」のより上層へのシフトが必要となる。

新しい経済活動の創出を促進・育成するために、規制緩和などの環境整備を軸とする自由主義的な政策と、教育の改革・充実など政府の指導的政策とが必要となる。

「上層」と「下層」との格差を問題にするとき、「下層」が現状を維持し、「上層」のみが上昇するような格差拡大は、むしろ望ましい。

「下層」が改善できない状況下で「上層」がより一層下降するような「格差の縮小」は、わが国にとって最悪である。

いかにして「下層」の押し下げを抑制し、「上層」の押し上げを促進するか、という方向が、格差問題の望ましい課題設定である。

こういう視点から、現実の政治の問題を抽出し、政策を提言し、実行することが、わが国の政治家の役割である。

景気が好転すれば、現実にフリーターの数も減少している。

「格差社会」問題の少なくとも一部は、単なる景気の問題でもある。

低コストを主たる競争力とする外国とは質的に異なる、新しい産業を創出・育成・拡大することこそが、唯一の解決の方向である。

規制緩和を積極的に進めても、セイフティネットをきちんと整備し、教育を充実させるなら、決して「市場原理主義」的とは言えないだろう。

大変難しい問題ではあるが、確実にどうにかしなくてはならない問題である。
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posted by あちゃこ at 09:17| Comment(9) | TrackBack(0) | 上層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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